雑記 【30代】に関するニュース拾い読み

日記書くぞ〜。

日々の感じたことや読んだ本や思い出話等々を綴って行きます。
posted by 30代 at 10:00 | 雑記

湯川秀樹博士の伝記

小学校低学年の頃、近所の本屋さんから毎月1冊ずつ子供伝記全集を親が買ってくれました。
その伝記全集のうち、一番惹かれたのが湯川秀樹博士の伝記でした。

申すまでもなく、日本人として初めてのノーベル賞を受賞した物理学者です。

原子核を構成する陽子と中性子を結びつける核力を媒介する中間子理論の功績によるそうですが、本当のところは私にはよく理解できていません。

このニュースは、敗戦・占領下の自信を失っていた国民に大きな力を与えたとされ、ものすごいフィーバーを巻き起こしたそうです。

研究に行き詰まった彼が、ふと子供の頃のこもれびのきらきらした風景を思い出し、その光景から中間子理論につながっていくところの記述が好きでその部分を何回も読み返していました。

私の記憶では、ノーベル賞の受賞のところで終わっていたのですが、その後の平和活動などの人生のほうが時間的には長かったことに気付いたのは、ずっと後でした。

でも私は彼の輝きは、中間子理論を生み出したその瞬間にあったと思います。
そうした瞬間を持った人は幸せだと思います。

年譜
1907年( 0歳) - 東京麻布に小川琢治・小雪夫妻の三男として生まれる
1908年( 1歳) - 父小川琢治の京都帝国大学教授就任に伴い、一家で京都に移住
1919年(12歳) - 京極尋常小学校卒業
1923年(16歳) - 京都府立第一中学校卒業
1926年(19歳) - 第三高等学校卒業
1929年(22歳) - 京都帝国大学理学部卒業。同大学玉城嘉十郎研究室の副手となる
1932年(25歳) - 湯川家の婿養子となり、小川姓から湯川姓となる。京都帝国大学講師
1933年(26歳) - 大阪帝国大学講師兼担
1935年(28歳) - 論文:「素粒子の相互作用について」で中間子理論を発表
1936年(29歳) - 大阪帝国大学助教授
1939年(32歳) - 玉城嘉十郎の急逝に伴い、その跡を継いで京都帝国大学教授に就任
1940年(33歳) - 学士院賞受賞
1943年(36歳) - 史上最年少で文化勲章受章
1948年(41歳) - プリンストン高等学術研究所客員教授
1949年(42歳) - ノーベル物理学賞受賞。コロンビア大学客員教授
1953年(46歳) - 京都大学基礎物理学研究所初代所長
1955年(48歳) - 世界平和アピール七人委員会の結成に参加、委員となる
1962年(55歳) - 第1回科学者京都会議を開催
1970年(63歳) - 京都大学退官、京都大学名誉教授
1981年(74歳) - 逝去

年譜出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』湯川秀樹より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%AF%E5%B7%9D%E7%A7%80%E6%A8%B9


湯川秀樹湯川秀樹
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[タイトル] 湯川秀樹
[著者] 二反長 半
[種類] 新書
[発売日] 1994-03
[出版社] ポプラ社

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posted by 30代 at 21:21 | 雑記

習い事!3連発

習い事、直接には役に立たないけど、あると人生の彩りや幅が広がるものだと思います。

習い事をするなら、技術的な習得事項の多いもの、あるいは身体的なものや芸術的なものなど明確な定義のない主観的な要素が多い習い事の方が、際限がなくてかえって面白いと思っています。

■初めての習い事:ピアノ

生まれて初めての習い事はピアノでした。
子供の頃に住んでた家の近所に母の友達が住んでいて、その人からの紹介でピアノを習い始めました。

先生は女性、音大の学生さんでした。
当時の子供向けピアノ教室では、「バイエル教則本」が主流だったらしいけど、「メトードローズ」教則本を使ってました。

基本練習があまり好きではないのであまり上達はしませんでしたが、
「メトードローズ」→「バイエル」→「ツェルニー」と進み、小学6年生まで続けました。


■同時並行してもうひとつの習い事:書道

ピアノと並行してはじめた習い事のうちのひとつが隣の家の子に誘われて週一回書道教室。

これが今にして思えば、少し変わった先生で、目を瞑って無念夢想で書かせるなど、なかなか面白いことをさせられました。
禅か何かの影響だったのかな?

それと一緒に書いていく時に、私の向かい側から、私の筆を操りながらきれいに字を書いてみせました。これはすごい!って今頃気付くなよって・・・。


■もうひとつ並行しての習い事:そろばん

書道の他にピアノと並行してはじめた習い事のもうひとつの習い事が、隣の家の子に誘われてそろばん教室。

週5回、準1級まで進みました。
暗算と頭の体操になつたという意味で、これが今でも一番役に立ったと思っています。
昔の人のいった「読み、書き、そろばん」とはよくいったものだと感心しています。

ちょうどそろばん教室の前が大きな公園になっていて、そこに紙芝居屋さんがその塾の子供目当てに毎日来ていました。水あめ1本10円、おいしかったです。
それが楽しみで通ってました。


今こうして書いてみると子供の頃結構習い事に通ってたんだなぁ〜、とあらためて思います。
でもそれぞれにいい思い出です。

posted by 30代 at 14:37 | 雑記

宝くじを風水であてる!

宝くじを風水であてる、これはかなり難易度が高いのではないかなどと、
どうでもいいといえばどうでもいいことを延々考える私は変なのか (^^;;

単純な確率論である「宝くじ」のあたりを引き寄せるにはかなりのパワーが必要。

そもそも風水とは何ぞや?といったときに、今までで一番素晴らしいと思った答えがこれ

(以下引用)

私にとっては、開運系の占いとは「外す占い」なのです。「良いことは当たり、悪いことは外す」というのが正確な表現でしょうか。

占いが当たるという前提に立てば、良い結果が出た事柄については放っておいてもいいことになります。問題は悪い結果の出た場合のほうで、これはなんとかして外す必要があります。したがって「開運」とは占いで出た悪い結果を外すことだと思うのです。

(以上、黒門 著 「黒門風水」33ページより引用)

この本の別のところでも、そのそもの個人の運勢が悪い場合、風水だけでは限界があるとの指摘があります。(もちろん本の中ではそのための方法として奇門遁甲の紹介があります。)

とはいうものの、楽して当てたいの人の常。

この本の著者の黒門氏が見たら「この人、全然本読めてへんやん」といわれるのはよくわかっていますが、それでもチャレンジ!!!←結局それかよ(^^;;)。

風水で凶運を晴らし、奇門遁甲で吉運を引き寄せたらどうか?とすでに私の頭の中では勝手にいろいろなアイデアが渦巻いています。

まず宝くじを風水であてる大作戦というなら、まずなんといっても掃除でしょう!
次に身の回りのもの、服や財布。
そして金運を呼ぶ水層。(水の位置は重要)
さらに良き方角に行ってパワーアップ。

完璧です(^_^)v ← あ〜、バカが止まらない〜〜〜。

宝くじを風水で当てる大作戦!結果はいかに・・・。←まだいってます。
posted by 30代 at 14:40 | 雑記

勉強机をはさんで冷戦中!

私の姪が今年の春に小学校に入学します、パチパチパチ。

小学校に入学といえば、勉強机、ランドセル、その他文房具等々準備がいります。

何といっても大物は、勉強机!
妹のところは3階建ての狭小住宅(^^;;、そして階段が狭い。
多分窓から入れるか組み立て式でないと無理だと思います。ていうか無理です。

で勉強机を置く場所といえば、2階はダイニングと和室6畳、でも昨年秋に男の子が生まれたばかりなので、ベビーベットが占領中。

勉強机を置くとすれば3階に置くしかなさそうです。

でも普段は2階での生活。ましてや小学1年生、絶対3階に行って勉強机の前に座るなんてありえません。
勉強机じゃなくて、ダイニングのテーブルでごそごそしてるのに決まってます。

妹には勉強机を買うのはもう少し待って、勉強は勉強机じゃなくて、ダイニングテーブル。
あとカラーボックスか何か小型の収納を買って2階に置き、教科書とランドセルはそこに収納。そして小型コルクボードに時間割等をはって毎日の準備等をきちっとするようにしつけたほうが絶対いいといっておきましたが・・・。

むこうのお母さんが姪がかわいくて仕方がないらしく、ランドセルはもちろんのこと、勉強机も買ってくれそうないきおいとのこと。

ん〜、そこまではちょっと、と躊躇している様子。
末っ子、甘えん坊の妹からすれば、戦災孤児として独力で生き抜いてきたむこうのおかあさんの迫力に圧倒されっぱなしで、もうかなわん!とのこと。
あ〜、ここにも嫁姑問題が・・・、勉強机をはさんで展開中。

それよりもモノだらけの家の中をきちんと片付けるように、そもそも勉強机を置く場所がないと思う兄でした・・・てそれがオチかよって・・・(^。^;)
タグ:勉強机
posted by 30代 at 15:26 | 雑記
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